計画から工事開始まで



小竹向原〜池袋はそもそもは丸ノ内線の分岐線として免許を取得した区間でしたが、
その後の計画によって、新たに8・13号線を建設することによって使うことになりました。
そして昭和43年には8号線の池袋〜新富町、13号線の営団成増〜小竹向原の免許を取得するのです。

最初は東上線とのジャンクション駅は営団成増駅(東上線成増駅)でしたが変更となり、和光市駅になりました。
そのために営団成増〜和光市間の免許も取得しています。

そして計画は伸び続け、新木場まで伸ばすことが決定、新富町〜新木場間の免許も取得し、
現在の区間の免許がすべて取得し終わり、工事が開始されたのです。





いよいよ開通



最初に開通したのは昭和49年10月の池袋〜銀座一丁目間でした。
ほかの営団線(当時 現在の東京メトロ)とは改札内で連絡しておらず、いったん出なくてはなりませんでした。
そこで池袋に5台、銀座一丁目に2台の自動改札が設置されました。

ちなみに、自動改札機が最初に設置されたのは関西地方のほうでしたが、
普通の紙切符を入れて詰まってしまう、という問題が発生していました。
当然、こちらの方も関東地方初の自動改札機だったため、同じ故障が多く発生したため、
営団成増(現在の地下鉄成増駅)延伸の時に撤去されてしまいました。





延伸は続き…



そして昭和55年3月には銀座一丁目〜新富町間、58年6月に営団成増〜池袋間が開通しました。
その時に、車両も5両編成から10両編成にもなっています。

同年10月には西武有楽町線新桜台〜小竹向原間が開通し、相互直通を開始しました。
しかしながら、西武池袋線に乗り入れていなかったため、あまり意味がありませんでした。

さらに62年8月に和光市〜営団成増間が開通し、東上線乗り入れが開始されました。
同時に、和光市〜志木間が複々線化されました。
現在、内側は通過待ち等がない限り、有楽町線直通も含めた各駅停車が走ります。

さらに現在もですが、東武車は森林公園までと有楽町線全線で運用されていますが
東京メトロ車は川越市以遠に運用されることはありません。
そのため、日に数本の森林公園行きは東武の車両で運用されています。
しかし、年度末になると調整のため東京メトロ車での森林公園行きが見られることもあります。





そしてその後



そして平成6年に西武有楽町線は練馬まで開通しました。
しかし、まだ練馬駅が高架ではなく、西武有楽町線も単線だったため、相互直通もされませんでした。

また同時に新線池袋駅を建設し、開業しました。
また新線池袋駅は当初、丸の内線の下に作る予定でしたが、
大工事になるため、断念し、今のような、どの鉄道に乗り換えるのにも遠い、使いにくい場所になったのです。
そしてやっと平成10年に西武線の工事が完了し、飯能まで乗り入れが開始されました。


平成も10年が過ぎると、西武線のダイヤ改正がされ、快速が乗り入れ始めました。といっても、有楽町線内は各駅停車です。




参考文献:川島令三氏著「全国鉄道事情大研究 東京都心部編」



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